「一身にして二生を経る」

子どものころの思い出は、やはり父母にどこかへ連れて行ってもらったことですね。
父とは魚釣りに。その場所は、護岸がしっかりした運河のような川でした。その川沿いには、材木が積んであったり、細めの丸太が沢山立ててあったような景色を覚えています。少し湿った木の匂いがするのです。父の勤めていた木工工場に近い場所であったかも知れません。
母には、映画や流行歌手のステージを観に。映画は三船敏郎主演の「どぶろくの辰」。トロッコで悪人を追っかけて懲らしめる場面では、館内は大きな歓声でした。母も楽しそうでした。
歌手の舞台の始まりは、いまでも覚えています。中央の指揮者の合図で、バンドが前奏を演奏しはじめましたが、その歌手がなかなか舞台に出て来ないのです。私たちは“早く出てこないと歌のところになっちゃうよ”と、ヤキモキし始めました。出てきたら拍手もしたいし、と。とうとう歌を唄うところまで伴奏が進んでしまったというところで、背を向けていた指揮者が、こちらにくるりと振り向き唄いだしたのです。私たちは安心したのと、待ってましたを掛けたぐらいの気持ちで拍手しました。歌は「お富さん」。
新聞奨学生として上京する前、高校を卒業して4年近く働いていた時に、家計の足しにと家にお金をいれてはいたのですが、一度も父や母を食事や旅行に連れて行ったことはなかった。なんだか自分のことで精一杯、だったんでしょう。青春って残酷だ。
どうしたらいいんだろう。「一身にして二生を経る」(5月25日の日記)ですか。自分という一人の人間の中で、二つの人生を生きる、か。
“一緒に、いろんなとこへ行こうね。” 映画を観に行って帰りに食事をしたり、美術館へ行って、いっぱい観て回ったあとは、今まで入ったこともないようなオシャレな喫茶店に入ってみようね。旅行にも出かけてみようよ。
自分のことなら、体験を読みかえたり、仕切り直しをしたりで、取り返しのつくこともあるだろうけど、父や母と、ああもしたかったということは、今この時間を一緒に生きることが出来ない以上、取り返しがつかない。
せめて、せめて、写真を胸に、一緒に出かけることでも・・・。